死んだ人に会いたいと毎日が悲しい?でも降霊術なら死者と接触できる

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死んだ遺族のことで引きずっていてばかりで辛い。

できることなら、死んだ人にもう一度会いたい。

そんな悲しみで苦しんでる人達のために。

 

「亡くなった人ばかり考えてないで前を見て生きろ」

とか言われても、そんなすぐ立ち直れないですよね。

確かに現実は、亡くなった人を蘇らせることはできない。それはわかります。

 

でも、死んだ人にはもう肉体では会うことはできなくても、

亡くなった人から伝えたいことを聞けたり、自分が伝えきれなかった想いを伝えることができるのなら。

 

「それでもいいから、死んだあの人と会って伝えたいことがある」

というような、心から願う人のためにも、

死者の魂と接触する方法、降霊術など調べてきたことを書いていきます。

 

自力で「チャネリング」という死者と交信する方法

僕は本格的にやったことないし、スピリチュアルで絶対的な話ではないですが、

自分で死者と対話する方法を、参考として書いときます。

チャネリングとは、目に見えない存在や霊的なものからメッセージを受け取ることの意味。

降霊術の1つで、声という音が耳の鼓膜を通じてメッセージを受け取るというのとは違います。

 

頭の中で言葉が入り込んできたり、感情的なものが伝わってきたり、

あるいは見たことのない映像が見えたりなど、やっぱり個人差があります。

チャネリングでも、想いを伝えたりすることだけでなく、亡くなった死者からのメッセージを受け取れると。

 

前提として、目に見えない存在に対しての尊重や、受け入れている心が必要だと聞いています。

実際に、簡単なチャネリングのやり方の例の1つは以下の通り。

①自然の中や静かで空気が澄んだ場所でソファなどで体を寛がせる
②目を閉じ心を無に、何もかも受け入れる心持ちでリラックス
③周りのそよ風や川の流れる音、自然の匂いなど五感を通して感じる
④ゆっくりと鼻から息を吸って、長めに息を吐くを10回以上
⑤自分自身が頭の中に入っていくような感覚で、宇宙世界を想像する
⑥何か感じ取ったら、ノートに状況など言葉か風景を書き残す

 

「クリアリング」や「マントラ」という方法と被っているものが多いです。

これを毎日15分以上~30分程度を実践するのが必要だったり。

何日も実践しているうちに、ある日、フワッと聞こえてくることがもしかしたら。

 

亡くなった人と上手く交信できた例では、

「頭の中で亡き母親の声が聞こえた?」という話をどこかで聞いたことあります。

もし聞こえたら聞こえたで、自分の伝えたい想いを念じれば、それに対しての受け答えも聞こえてくるはず。

 

また、ある人の話では、

「私はいつもそばにいるから、たまにはお父さんと一緒にいてあげて」という、死後3週間後の母からのそんな声が。

人によっては、夢の中でメッセージを伝えられるパターンもあるそう。

 

もちろん、一回や数回だけやっただけでは、「なんにも映像も言葉も浮かんでこないんだけど」っていうのがほとんどで。

ずっと実践していても、「毎日何の変化を感じない」という話もあっておかしくないので、その点は了承してもらえればなと。

 

それと、自己の思い込みや妄想から、

「亡くなった人は今こんなことをしているんじゃないか」っていう、

頭の中で想像図を作ってしまうこともあるかもしれないということ。

 

より確実に死んだ人に会いたいならイタコの降霊術の口寄せ

巫女とも言われるイタコ(シャーマン)の話は聞いたことありますか?

実はイタコもチャネラーといって、死者と対話できる降霊術(チャネリング)を習得されています。

元々霊感能力のある女性が、厳しい修行を乗り越えて「口寄せ」を得たのがイタコ。

高齢で半盲目・盲目が女性がほとんどですが、目の見えるイタコも恐山に来ています。

 

口寄せとは、故人の霊を招き寄せて、その霊から伝えられたメッセージを依頼者へ代弁する役割のこと。

イタコの降霊術でもある口寄せは、別名で「仏おろし」とも言われることもあります。

故人1人を降ろす場合の料金は、4000円~5000円くらいが相場。

 

口寄せの依頼する時は、故人の名前、生年月日、亡くなった日付を紙に書いて渡します。

イタコが故人を降ろす時は、目をつむって数珠をシャカシャカこすりながら、呪文を唱えます。

亡くなった人がイタコに憑依し始めると、イタコの口から依頼者に語りかけるという流れに。

 

呪文じゃなく「息子よ、よく来てくれたな」など語り始めたら、亡くなった人と対話できるようになります。

「元気でやってるよ」や「いなくなって寂しい」などと声をかけてあげれば、

それらに対する返答もちゃんと返ってきます。

 

ちなみに、僕も死んだ父親をイタコに降ろしてもらうために、イタコの元に訪れたことあります。

病院にいた父親が亡くなるあの日、最期まで見届けてやれなかったから。

「ありがとう」の言葉さえ伝える前に逝ってしまったことが心残りだったこと。

 

イタコの口寄せでは、青森弁訛りがちょっとだけ聞き取りづらかったけれども、

生前の父親と同じようなことを言っていたのが驚いた。

 

驚いたというのはとくに、

「お前は口数の少ない所が俺に似たから、お互いあまり会話が少なかったな」
「母さんはもう歳だから体調が気がかりだった。母さんを頼んだぞ。」

って言われたこととか。

 

イタコに会える時期と場所が限られている

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イタコは基本的に、青森のむつ市にある「恐山菩提寺」で会えます。

恐山は死者の霊が集まる霊山として有名な場所で。

いつでも会えるわけではなくて、毎年イタコに会える時期が決まってます。

 

毎年、恐山でイタコに会える時期

例えば2018年なら、

「恐山大祭」(2018年7月20日~24日)
「恐山秋詣り」(2018年10月6日~8日)

などの夏休みや秋の連休時期にイタコが集まって来るので、その時がチャンス。

ただ、恐山での口寄せ受付期間、土日祝日だと朝早くから並んでも、6時間も待つほど長蛇の列になります。

 

切実な思いを抱えながらイタコの口寄せを求めてくる人達が、意外と多くいます。

死んだ母に会いたい、死んだ父に会いたい、死んだおじいちゃんに会いたいとか。

他にも、震災や津波で亡くなった人への心残りや後悔の念を拭い切れずのままの人もいて。

 

混雑を避けたいなら、平日の朝だとほぼ並ばずに済みます↓

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恐山の開催時期以外で会うことができるかどうか

もしも、開催時期以外に会いたいとなると、東北地方にいるイタコを手探りで街を散策するしかないかなと。

実際会えたところで、口寄せを引き受けてくれるかも確証できないです。

青森ならイタコが多いらしく、八戸市、弘前市、五所川原市、つがる市に所在しているという情報も。

 

ちなみに、青森・岩手・秋田ではイタコで名が通ってますが、

岩手南部・宮城では「オガミサマ」
山形では「オナカマ」
福島では「ミコサマ」「オガミヤ」
山形・福島・茨城では「ワカサマ」

 

という別名で呼ばれてることも。

なので、現地の誰かにイタコの所在地など訪ねる時は、その地方で言われてる名称で言うと伝わることが多いです。

ただ、近年イタコの数がもうすでに、手に数える程度まで減ってきていると聞きます。

 

どうしても、すぐにでも亡くなった人と話したいなら

亡くなった人と話しをしたいけど、

「住んでる場所から遠いし、すぐには行けそうにない」
「イタコがやってくる時期まで、まだ先が長い」

と、頭を悩ませてしまうのなら、

イタコじゃなくても、チャネリングができるプロの占い師にお願いするのもアリかなと。

 

死者対話ができる占い師を探すなら、電話占いのサイトからでも見つけれます。

占い師絞り込み検索で「チャネリング」を選択し、出てきた占い師一覧を見てみると。

ボイスメッセージを聞いて、自分が相談しやすいかなと感じる占い師を選んでみるといいです。

 

電話占いのサイトでいうなら、

メディアでも取り上げられた、厳しいオーディションで振るいにかけている「ヴェルニ」とか。

亡くなった人と話したい人や、他人の本音を知りたい人ほど、電話占いをよく利用しています。

【電話占いヴェルニ】

 

亡くなった人に会いたい気持ちは大切にし、故人の望みそうなことも考えてみる

最後にもう少しだけ。

自分的な発言になってしまんですけど、本当に「あの世」があるとして。

 

僕も死んだ親族に会いたくて、悲しくてやるせない気持ちになっていた時期があったんだなって、思い出しました。

「あのソファを見ると、座っていた曾婆ちゃんのことを思い出してしまって、胸が苦しくなったこと」

「いつも一緒に歩いていたこの道を見る度に、あの頃の思い出が蘇ってきて、涙が零れそうになったこと」

 

曾婆ちゃんが亡くなってから数か月後、いや1年も2年も、虚しくて何もかもどうでもいいと思ってしまうことが何度も何度もあった。

それでも、慕ってくれたお婆ちゃんはきっと、こんな自分でも見守っていてくれているはずだと信じて、何とかやり過ごしてきた。

 

僕だけでなく多くの人に経験することだけど、ここに来たあなたに言えることは。

 

心と体を休めながら、無理のない生活を送ってください。できるのなら。

少しずつ考えれることから考えていって、少しずつ自分のやるべき事を進めていくといいんじゃないかなと。

例え今は、心の穴に虚しさと悲しさで満たされているとしても。

 

気持ちが落ち着いてからは、

亡くなった人が「自分がいなくても、こうしてほしい」

と、望むであろうことを想像してみたり、望んでいたことを思い出してみたり。

 

「亡くなった人がして欲しいと思うだろうのこと」のために、生きるというのもいいし、

それよりも、まずは自分自身が幸せでいられることのために、

好きなように生きていくのでもいいんじゃないかなと。

 

例えば、僕に彼女がいて、僕がもう死期が近いとして。

僕がいなくなっても、シンプルに「彼女には幸せな顔して生きていってほしい」と、心からそう願うと思う。

 

子供もいるとするなら、子供にも子供自身が望む幸せな生き方をしてほしいなと。

自分が他界してからも、愛する人がずっと悲しんでいるままだと知ってしまうものなら、

亡くなった人も悲しいままでいるんじゃないかと。

 

そのように、自分と亡くなった人の逆の立場で考えてみたら、「自分ならどう思うか?」

 

僕の場合は、亡くなった人が考えていることを尊重しつつも、でも自分は生きたいように生きると考えました。

安心してもらえるように生きることでもいいんだけど、

幸せに過ごしている自分を見せてあげたいかなっていう気持ちも出てきたというか。

 

 

自分の話も混ぜてしまいましたが、何かが道しるべとなったならいいなと思ってます。

それでは。

 

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