「生まれてこなければよかった」を「人生幸せ」に変えるために

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今ひねくれた気持ちになってるそこのあなた。(僕もひねくれです。)

安楽死する方法とか、この世から消えようとか検索する前に。

このページに立ち寄るぐらい余裕があるくらいなら、暇つぶしでもいいから、ぜひこのページを見てってください。

「何で自分がこんな目に遭わなければならないのかわからない」と思うのも、自然なことであって無理もないです。

それとも「自分が生きていることで他人が迷惑してる」と思ってる?

「生きていても何の喜びも楽しみなんて感じたことない」
「なにもかも終わらせたい」
「自分がいなくなれば家族は幸せかな」

本当はあなたが好きでそう思ってるわけじゃないよね。それは環境があなたにそう言わせるようにしたからさ。

僕も、仕事で上手くいかないことが多かったり、辛いことばかりで嫌になるとつい、「生まれてこなければよかった」と堕ちるように考えること何回もあります。

親と「あんたみたいな子を産んで後悔だよ」と言われたら「だったら生むんじゃねぇよ!」と言いたくなるし。

そんなこと言われたらすっげぇ頭の中に残る。 生きる意味を考えさせられてもおかしくない。

これは生き辛さの悩みを抱えてる現代の社会現象の一つとも言える。

 

「生まれてこなければよかった」と思うぐらい辛いことあるよね

学校でイジメられてたのに、社会人なっても職場でもイジメられて。

それに理解できない親に虐待ぎみの言葉を浴びせられたリの毎日だったら、誰だって生きるのが嫌になると思いますよ。

自分の何もかもに自己嫌悪、もしくは人間不信に陥ってしまうのは無理もない。

あなたをそんなにネガティブ思考にさせてしまうのものは何もかも人間。切っても切れない家族とか職場。

人間関係は永遠のテーマです。

あなたの周りにいる人間はどんな人達がいますか?

文句や否定ばかりしてくる親がいる?

今まで、親から愛情を感じた事はあるだろうか。酷い家庭だと虐待の記憶しかない人だっている。

スキンシップだったり、褒められたことが少ないとか。

やりたいことに対して応援じゃなく否定されたり、何かと文句の時だけしか口に出さない親っているもんです。

「お前はバカなんだから大人しくしてなさい」
「お前みたいな言うこと聞かない子は産まなければよかった」

 

こんなことしか言えない親だったら、もう今すぐ縁を切りたい思うでしょう。

愛情表現ができない親の元で暮らしていれば、アダルトチルドレンになることが多い。

※アダルトチルドレンとは、簡単に言うとポジティブな考えになれず、自分を過小評価をしてしまう思考になる症状。

職場にパワハラ満載の上司にいる?

言いたい放題使いたい放題の性根の腐った上司とか。

ストレスの憂さ晴らしにイジられたり、八つ当たりされたり。

1時間、2時間と説教というか、ストレスの吐け口に、ただ悪口を言いたい放題ぶっ放すクソ上司もいます。イジメと捉えてもいい。

こんな上司と関わっていれば「こんな世の中に生まれたくなかった」と思ってしまうのもおかしくない。

学校でもイジメにあった人間というのは、社会に出てからでもイジメに遭いやすいのは否めない。

就職してからも嫌いな上司と毎日関わらないといけないなんて憂鬱でしかないしね。

「あの野郎死んじまえ」とか、呪文で抹殺できればいいんですが、どうにもならないです。

「誰にでもできる嫌な上司にイライラしない対策6つの方法」とか色々あるけど、効果ないと感じる人が多いんじゃないかな。

「なぜ私という私が生まれたのか」を考えた事

僕はこんな風に思ったことあって。

「なぜ、この体を操ってるんだろう。

手が動かそうと思えば手が動く。足も動く。頭も動く。感触もある。

他人の体は動かせないのに。これが魂っていうもの?」

 

確かに不思議なんだけど。

こんな風に考えたことあるなら、心境が不安定かもしれない

または、お父さんとお母さんの存在とか。

「好きでこの体に生まれてきたわけではないのに。

なぜ、あの親から生まれたのか。なぜ自分はこんな顔していているのか。

両親が妊娠日を変えていたら、自分と言う自分が存在しているのだろうか。」

 

確かに、お父さんとあのお母さんの2人が出会ってなかったら、違う自分になっていたかもしれない。

まぁ、生まれてくるタイミングとか生みの親とか選べたら、こんなはずじゃなかったですよね。

「よし!次はあえてこの貧乏な親の元に生まれて成功してみせるぞ!」とか、前世の自分が決意したとも言い切れない。

「この家庭から逆転人生を成し遂げてみよう」な考えで生まれてきたわけじゃないと思うし。

現状が「借金まみれの親」「暴力暴言たっぷりの生み親」だったりすれば、もう生きるのがメンドクサイとか思ってもおかしくない。逆に思わないほうがすごいよ。

何のために生まれ、何のために生きているかについては親に聞いてみるのもいいかもしれないですね。

「親が子供を理由」についての記事↓

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この記事では、「子供を産む理由」というテーマで書いてみた。僕は子供の頃、罵声を飛ばす親とケンカばっかり。学校では...

今が幸せじゃないなら生まれ変わりたくもない?

このまま無になりたいと思う。

「そもそも前世の自分ってどんな自分さ? 考え方も同じだったのか?」って疑問にもなりますね。

来世に輪廻しようとか考えてたなんてわからないし、呪縛霊とか怨念の塊にまでなりたいなんて思ってなかったはずだし。

だいたい生まれ変わりなんてあるのか。

一つ推測できるのは、生まれ変わりがあるなら前世の記憶を抹消される理由があるという事。

記憶を受け継いでこの世に生まれてたら、「死ぬ瞬間の恐怖」や「辛い思い出」を抱えて生きるハメになるから。

それよりも、本当に神様とか創造主がいるんだったら、今の現状に直接文句を言ってやりたいですよね。

「なんで俺はこんなにハンデ背負って生きるのさ!」とか「なんで汚れた奴だけ生き延びて献身的な人だけ惨めな思いするんだよ」って。

「こんな面白くない人生なら来世も生まれ変わりたくない」とも思いますね。

というか、また疑問が出た。

生きている幸せってなに?

「生きる価値」「生きがい」「生きる楽しみ」とかゴチャゴチャ考えてわかんなくなるときある。

なんか、自分でもわかんなくなってきたかな。

こっちの記事でもそれらしいこと書いたかもしれない↓

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「何のために生きているのか」と思考がグルグル回り始めたあなたのために、「生きる」ことについて掘り下げて書いてみた。もし暇だったら、良けれ...

自分より貧困な人を見れば心が少し楽になるかも?

あなたは親に迷惑をかけてる自分が嫌いだと思ってる? それとも、ありがた迷惑に産んでくれなくてもよかったと思ってる?

職場の人間が困ってるから自分はいなくなるべきとか。

どちらにせよ、「生まれてこなければよかった」「もう死にたい」「ここから早く消えたい」と思わせるのは、あなたの周りのいる人間や、今いる環境が大きな原因。

酒飲んだりや寝ることで現実逃避しようとしても、悩みからは逃げられないし、ストレスは完全リセットできない。

常にあなたに現実が付きまとってます。

環境のせいにしてもいいんですが、環境を責めても何も変わらないので、結局は自分でなんとかするしかないっていうのが現実なんだけど。

僕の場合、今の自分の環境の中で、「既に持っているもの」に、改めて目を向けてみることで少しはマシに感じれるようになりました。

衣食住があることに幸せを感じれるか

食べる物もあって、住む場所があって、最低限着る服もあって。

今の日常では、死活問題に関わる出来事って滅多にないです。

ちょっと、マズローの5段階欲求説に沿って考えてみました。

  1. 自己実現欲求
  2. 自我欲求
  3. 親和欲求
  4. 安全欲求
  5. 生理的欲求

 

生理的欲求の状態にいる人は、砂漠の上で喉がカラカラ乾いてて死にそうだから、「とにかく水を探すこと」にしか頭にない。

「生きる意味」とか考えてる余裕はないし、毎日必死なその日暮らしだと「生まれてこなければよかった」とか考える余裕はないかも。

食料困難な時代にいた人達は、「今をなんとか生きのびる」。ただそれだけで今を生きる。

あるテレビで、アフリカ共和国にいる人達が「俺たちは食べ物あるだけで幸せだよ。日本人のほうがいつも元気のない顔してるよね」と言っていたのを覚えてる。

それに、戦争時代に生まれた人達は「国のために命を捧げ」と洗脳されることはあっても、本当は心のどこかで「戦争なんて参加したくない。死にたくない」と思う人もいたかもしれない。

ただ「生きたい」という生理的欲求かな。

80歳以上も生きれた人はそれはそれで本当に「おめでとう」的な記録。

こんな過酷な環境下にいる人を改めて想像すると、「今の自分の生活の方がマシだなぁ」って思える時がたまにあって。

差別的な意味の反面教師じゃなくて、視野を広げるための参考と考えてます。

北朝鮮や中国に生まれなくてよかったかもしれない

住んでる人たちじゃなくて、住んでる環境。

汚染された食べ物ばっかり、住む場所に困ってる人や餓死が多い国とか。

靴の皮をかじったり、雑草を無理やり食べたり、仕方なく汚そうな川の水を飲んだりとか。

それに比べたら、「過酷な環境下の中国や北朝鮮に生まれなくてよかったなぁ」と。

北朝鮮人に「日本の牢屋に入る?」と言ったら、喜んで牢屋に入るんじゃないかと。

彼らは食事と寝床があるだけでも幸せと思えるから。

まぁその牢屋生活にさえ慣れれば、今度は生き方に悩み始めると思うんです。

新しい悩みは次から次へとすぐやってきます。

それでもまだ自分の生き方に疑問に感じること

僕でも、ボーっとしてるときは生き方に疑問に思う事あります。

みんな衣食住という安全欲求を満たされている。それも自我欲求以上か親和的欲求以上。

「自分らしい生き方」「自分らしさのある服」「他人と自分を比較」「やりがいがあること」とかは考える余裕があったり。

だから、安全が満たされている人がやってくる悩みは「こんな生き方、自分が望んだ生き方じゃない」。

安全欲求が満たされれば、次に社会的欲求がやってくるという。欲求はキリがない。

他人と比較しあうこと、世間体を気にすること、今度は体裁を気にしてしまう環境下。

だからといって、「じゃあお前さ、今から食料困難な国や紛争地域に行ってみるか?」なんて言っても、みんなにオススメできる方法だとも言えない。

今の現状から「自分が幸せだな」と思える状況を目指していくのもアリかなと。

少なくとも、「精神的な不安となるもの」は取り除いていければ。

 

また、心理学にもある損失回避性というものがあります。

人間は、心地よさそうな状況に憧れることはあっても、目的がない限り自分から苦しい状況なんて作ろうと思わないです。

もっと裕福な暮らしをしたいと願うより、今の生活を失うほうが恐怖で守りに入ってしまう傾向があるようで。

余談だけど次世代に生まれ変わっても100%安全とは限らない

過去に戻ることなんてないけど、未来には生まれ変わるかもしれない。

どうせ生まれ変わらないといけないとしたら、今の自分よりもっと幸せに生きていたいと思うほうが大半かも。

でも、いつの時代に生きても、80年~100年の間まで、生まれた時点で生命や経済の安全保障なんてない。

平成時代になった今でも21世紀になった今でも、悪徳な人間はいるし、食品会社は金のためなら健康に悪そうな物質でも平気で使うし。またいつ戦争も起こるかもわからない。

車が空を飛べるようになったら、余計な社会が問題が増えるだろうし、経済が今より低迷してホームレスが増える可能性あるかもしれないし。

そしてなにより断言できるのは、新しい時代に生まれ変わっても人間関係と仕事だけは絶対悩む!

2100年に生まれても、まだまだ社会人制度ってあるだろうし、体に悪そうなテクノロジーが増えて健康に悩むかもしれない。

23世紀に生まれても人間関係に悩むのは同じ。

未来のいつかに生まれても「仕事の悩み」「人間関係の悩み」「お金の悩み」は必ず存在してると思う。

 


長々と書いたけど、未来の話なんてどうでもいいよね。

 

生まれ変わりたくないという人はこちらも記事も参考↓

bright-crescent
ちょっと毛色の変わった記事。自分らしい書き方をしてみたいと思った。生まれ変わりたくないと思うのは、今の人生が辛くて楽しく...

「別にもう死んでもいいや」が本音だとしても

人それぞれ、生まれ持ったものに個人差があるのは事実で、世の中不公平。

「親に怒りを感じる」
「自分の容姿が好きじゃない」
「自分は何やってもダメな人間」
「病気や障害を持って生まれてきたこと」
「借金背負ってる親に生まれてきてしまった」
「毎日イジメに遭ってばかりで惨め」

嫌なことばかり目がいくと、何が楽しいことかわかんない。

「もう死んでもいいや」とか「長生きしなくてもいいから適当に生きる」とか思うかもしれない。

 

一度、自分の心に向き合ってほしい。

「本当はなりたいこと、やりたいことがあったけど、どうせ無駄だし」と諦めているんじゃないかと。

「もう無理だ」と絶望していても、人間関係に悩んでても、人間誰でもやりたいことってあるはず。

別にやりたいことがわかんないならそれでもいい。

どんなに怠け者でも、「幸せになりたい」と思う権利ぐらいは誰にでもあるから。

幸せになりたいと思うだけでもいいです。

才能あるない以前に「~したい」という気持ちがあるかどうかが大切だから。

やりたいことがわからないんだったら、自由な生き方を目指せしてみるとか。

子供の頃に感じた、夢だったこと、楽しいなぁと思った感情を思い出せるかもしれない。

「今の生活を失いたくない」、「人間関係という鎖に縛られた掟から解放されたい」と思ってる人でも。

家族の誰かが失ってから気付くもの

とくに家族とか恋人とか。

なんか悲しいとか、虚しいとかの感情は消せない。

僕は、祖母が無くなってもどうでもいいと思ってました。どんなに憎たらしいとか恨んでいても、その時はどうしてもわからなくて。

楽しかった記憶が今さら思い出してきたり。

ありがとうと言われたこと、嬉しそうな顔してたこと。

過去に一度や二度、「何かプレゼントしてやりたい」「喜んでもらいたい」と思ったことがあったけど、何もしてやれなかった。

思い出したくなくても、脳が勝手に過去に遡って、「あぁこんなことがあったな」って蘇ってくる思い出。

次に誰かを失う時は、心しておかないと思うようになって。

 

今でも母親のことを憎たらしいと思ってることはあるけど、

もしもヤクザに「借金払えないなら、母親の内臓を臓器売買するか、お前が借金を払え」と拷問されたら。

「母親を売って借金チャラにするか、自分で頑張って払っていくか」どちら選ぶんだろう。

その状況を想像してみるだけだと潜在的な感情は沸いてこない。

口では「親なんて知るか」とかすぐ言えても、ホントにその拷問される状況に立たされてみたら、決断が止まるかもしれない。

止まるってことは、「引っかかる何か」。

とりあえず今は、こんなメンドクサイ人生ゲームでも、モヤモヤの謎を解くために生きてみるのもいいかなって少し思えるようになってきた。

なんか僕の話になりましたね。

 

というわけで長くなったけど、ここまでダラダラ長い文章を読んでくれてありがとう。

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